「飯舘村102歳男性自殺訴訟・ご遺族ら安堵」記事から、生きる支えとは。

 
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東京電力福島第1原発事故で避難区域となった、福島県飯舘村に住む大久保文雄さんが自ら命を絶つという出来事がありました。

ご遺族が損害賠償を求め訴訟で、福島地裁は「避難によるストレスが一因」と事故との因果関係を認めました。

このニュースを読んで、思ったことについて。

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ニュース全文

東京電力福島第1原発事故で避難区域となった福島県飯舘村の大久保文雄さん=当時(102)=の自殺を巡り、遺族が損害賠償を求めた訴訟で、「避難によるストレスが一因」と事故との因果関係を認めた20日の福島地裁判決。「ようやくじいちゃんの思いが通じた。安らかに眠ってと伝えたい」。原告で大久保さんの次男の妻美江子さん(65)は安堵(あんど)の表情を見せた。
美江子さんは判決後、県庁で記者会見に臨んだ。同居する次男の入院なども自殺の要因とし、賠償額を減額した判決について「金額は関係ない。東電の責任を認めてもらえてよかった」と前を向いた。
大久保さんは飯舘村で農家の長男として生まれ、家を守ってきた。原発事故後、避難を知らせるニュースを見て「ちいと長生きしすぎたな」と漏らし、翌朝、自室で亡くなっているのを美江子さんが発見した。
美江子さんは嫁いで以来、ずっと大久保さんと生活を共にしてきた。「温厚で心の広い人だった。自殺を選んだ悔しい思いを代弁したい」。2015年7月に提訴に踏み切った。
東電は一貫して自殺との因果関係を否定し、遺族に謝罪はしていない。「線香の一本くらい手向けてほしい」と美江子さんは望む。
現在、避難先の南相馬市で1人暮らしを続ける。村の自宅をリフォーム中で、工事が終われば来年春にも戻るつもりだ。「(原発事故前は)笑顔が絶えない家族だった。みんなで過ごした場所で、元通り笑顔を絶やさず生きていきたい」

(引用:河北新報ONLINE NEWS<http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201802/20180221_63012.html>)

支え

以下の文章は個人的に感じたことを述べています。

間違ったことも述べているかと思いますが、ご了承ください。

この記事を読み、思わず涙が出てしまいました。

東日本大震災以前も、原子力発電については様々な意見が出ていました。

即刻発電所を停止するべき、稼働せずに今までと同様の生活はできない、など。

原子力発電が善か悪か、そもそも答えはないと思っています。

原子力発電については一度置いておいておきます。

 

私が考えさせられたことは、危険区域であるために出された避難勧告が、亡くなる要因の一つになったことでした。

もちろん、他にも何か出来事や原因があったかもしれないですし、細かいことは分かりません。

私自身、現在故郷から離れて生活しています。

故郷に愛着はありますが、地元で生活していたとしても同様の避難勧告がでたら不安に思いながらも従うと思います。

でも大久保さんにとっては違っていた。

自分の家や育った場所が生きる支えだったんだと思いました。

衝撃でした。

「故郷」には、私などが考える以上の重い意味があったのでしょう。

大久保さんにとって、私の年齢はまだまだ小娘で、生きることもまだまだ分かっていないことは間違いない。

失礼な言葉と思いますが、環境が変わることは私にとってはそこまで大きなことではありません。

こんなにも、人って違うんだ。

102歳とご長寿で、一般的には長生きでめでたいことです。

ご家族も「温厚で心の広い人だった」とお話してます。

平和に過ごしてきた中での一報は、それを放棄してしまう力があった。

 

気づかないうちに人の支えを壊してしまうこともあるかもしれないとも思いました。

人の生きる支えが何なのかは誰にも分りません。

生きる支え、生き方についてはずっと考え続けなければならないことだと改めて思いました。

たくさんの人が、悲しいことがあっても、受け止めたり、うまくかわしたりしながら過ごせたらと思います。

 

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